冷暖房費が惜しくて、4人で同じ部屋で寝ていた。
息子、娘ふたり、末っ子はいつもお腹の上。
両脇から体温が伝わってくる。
朝になると、誰かの足が顔の横にあったり、腕が首に乗っていたりした。😲😊
あのころ、お金はなかった。
古い借家を転々とした。
子供たちをのびのび育てたくて選んだ借家は、
隙間風が入って、夏は蒸して、冬は底冷えがした。
だから余計に、一か所に集まって温めあった。💕
30歳で、ランドセルだけ持って
結婚して10年。 岡山県北の商家に嫁いで、
舅のDV、夫の借金、子供の学資保険の使い込みまで発覚した。
30歳で、子供3人とランドセルだけ持って家を出た。
実家は反対した。「世間体が悪い」と。
岡山で一人で立つしかなかった。
花屋を始めた当時は学童保育もなかった。
子供を寝かしつけてから店に戻り、朝まで働き、子供を学校に見送ってから店に行く。
内職もした。子供たちも小さな手で手伝ってくれた。
アルバイトも掛け持ちしたこともある。
それでも必死だった。
狭い部屋で、満ちていた
転々とした借家の中で、私たちはいつも一緒だった。
お風呂も4人で入った。冷暖房費を節約するために、夜は一部屋に集まって寝た。
今思えば、節約のためではなかったかもしれない。
私が、子供のそばにいたかっただけかもしれない。
昼間は必死で働いて、子供と過ごせる時間が少なかった。
だから夜だけは、一緒に料理をしてごはんを食べて
体を寄せて眠った。
両脇に息子と娘。お腹の上に末っ子の重み。
あの重さを、今も覚えている。
「かわいそう」と言われた時代
シングルマザー3人育て、と聞いて「大変でしたね」「子供たちがかわいそう」と言う人がいた。
与えられなかったものを数えた。広い家、安定した収入、父親のいる食卓。
足りないものを数えると、きりがなかった。
でも今、子供たちは大人になって、息子は父親になった。
先日、息子に聞いたことがある。
「あのころ、辛かったね」
少し考えて、息子はこう言った。
「楽しかったよ。みんないたから」
60歳になって、気づいたこと
今は広い家に住んでいる。再婚した夫と子供たちが一緒に
二世帯住宅を建ててくれて、7人と猫9匹で暮らしている。
静かで、快適で、ゆっくり眠れる。
なのに時々、あの狭い部屋を思い出して恋しくなる。
体の温もりが恋しくなる。
更年期で体が揺らぐようになってから、余計にそう思うのか。
体は正直だ。頭で整理できないことも、皮膚は覚えている。
あのころ足りなかったものは確かにあった。でも今わかる。
「与えられなかったもの」より「一緒にいた時間」が、子供の中に残る。
お金がなくてやっていたことが、いちばん豊かなことだったりする。
貧乏だったけど、豊かだった。
本当に、そう思う。



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