20歳で嫁いだ先は、田舎の昔ながらの商売家でした。
義両親、手伝いに来ていた親戚の女性。
近くには義姉ふたりがそれぞれ家庭をもっていました。
舅(しゅうと)は、お酒が一滴も飲めないのですが
常に姑との言い争いが絶えませんでした。
嫌いなものが食卓に上ると、ひっくり返し
お茶碗のごはんのよそい方が気にいらないと怒鳴り、
その度に小さかった息子を抱いて逃げるという生活でした。
身体がギュッと縮むような感覚を覚えていたのを、今でもはっきり思い出します。
姑は、長い間その暴力の矛先を受け続けていました。
私は嫁という立場で、ただ見て、ただ耐えるしかできなかった。
その後、姑がガンであっという間に亡くなり、その“矛先”が私へと向いたとき、
人生の中で初めて、「殺意」という黒い感情が胸の奥に芽生えました。
あの瞬間、自分が自分じゃなくなるほど追い詰められていたのだと思います。
姑の四十九日。
とうとう舅と胸ぐらを掴み合い、家の中で大きな音を立てて暴れました。
「嫁に手を出すんか!」と元夫は私をかばってくれたけれど、
舅が本気でかかっていったのは、嫁である私のほう。
あの場にいた誰もが驚きで動けなかった様子でした。
私は、その後間もなく、家を出ました。
実家は世間体が悪いことを嫌うので言えませんでした。
お金も、家も、頼れる場所もなかった。
今では、あの日のことを笑い話にできるくらい、心が元気になりました。
あのとき逃げなかったら、きっと今日の私はいない。
あのときの選択が、私の人生を救ってくれたんです
人生には、“逃げる”しか自分を守る方法がない時期があります。
40代・50代と年齢を重ねていき、わかったのは、
逃げることは負けじゃないということ。
大切なものを守るための“正しい選択”だということ。

あの頃の私へ。
そして、あの頃の私と同じように苦しんでいる誰かへ。
もし心が壊れそうなら、どうか自分を守ってあげてほしい。
逃げてもいい。
逃げた先に、ちゃんと未来はあります。



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