「朝日に照らされた山桜のように」― 本居宣長の歌が教えてくれること

こころのままに

今年も桜が満開になり、そろそろ散り始める時期になりました。

「春」「桜」がこころの拠りどころといっては大げさでしょうか。
最近、とくに日本人らしいなあ🌸と思うようになりました。

今年も家族で近くの河原に咲く桜の下でピクニックをしました。

私たちが「お花見」で愛でる桜は「ソメイヨシノ」が多いと思います。

皆さんは「山桜」をご存じでしょうか。山の中腹に小ぶりで淡い花色をした桜です。

春になると、思い出す和歌があります。

敷島の 大和心を 人問はば 朝日ににほふ 山桜花

江戸時代の国学者・本居宣長が詠んだ、日本人の心を表した歌です。

「日本人の心とはどんなものか」と問われたら——
その答えが、朝日に照らされて咲く山桜だというのです。

最初にこの歌を知ったとき、なぜ梅でも菊でもなく、山桜なのだろう、と思いました。

山桜は、派手ではありません。

人に見せるために咲くわけでもない。
山の奥で、誰も見ていなくても、春が来れば凛として咲く。
その静けさの中に、何か揺るぎないものがあります。

私はこの花の姿に、「本物の美しさ」を感じます。

飾らない。でも、確かにそこにある。主張しない。でも、見た人の心に残る。

エステという仕事を20年続けてきて、思うことがあります。

美しさというのは、「足す」ことで生まれるものだけではない、と。
むしろ、余計なものを引いて、その人本来の輝きが出てきたとき


——お客様の表情が、ふっと柔らかくなる瞬間があります。

それはまるで、山桜が朝日の中でそっと花開く様子に似ているな、と。

宣長の歌は、華やかさよりも、「自然であること」を美しいとしています。

日本人を表す和歌としてこれほどふさわしいものはないと思います。

あなたは今、自分の本来の輝きを、ちゃんと大切にできていますか?

春の朝、窓から差し込む光の中で、そっと自分に問いかけてみて。

コメント